重症熱傷患者を救命してはいけません。その後の本人の人生を考えてください。

当方、全身火傷を負って、40年が過ぎました。

5才の時、お婆ちゃんをお風呂のふたに座って待っていて、そのまま、ふたごとずり落ち、落ちたお風呂がガス湯沸かし器で沸きっぱなしになっていて、全身火傷してしまいました。

お父さんが第一発見者で冷やさず、病院へ運ばれ、救命されました。

身体の成長が止まる中学生ぐらいまで、引きつり緩和の移植手術のため、東京へ

通院しました。夏休み、冬休みはすべて手術に当てられ、親と医師に逆らえず、

手術を受け入れることになってしまいました。

当然、手術しても皮膚は元通りに治ることはありません。

思春期に不登校になりました。

医療関係者にいいたいことは重度の熱傷患者を救命するのはやめて貰いたいということです。命は助かっても、本人は全身にケロイドが残り、生涯悩み苦しみます。

私は相当数、熱傷体験者の本を読みましたが、誰一人として助かって良かったと語っている方はいません。一人だけ、バイク事故で火傷された方が講演家として活動されていますが、パフォーマンスにしか見えません。

福祉の分野においてもケロイドは何の階級にも当たらないため、何の支援もありません。これでどうやって生きていけというのでしょうか?

海外では安楽死がぽつぽつと行われるように火傷ではありませんが日本人が現地に渡り、安楽死されました。もし、全身にケロイドが残ることで死ぬ権利が認められれば、つらい治療を拒否し、安楽死を求める当事者もたくさん出てくるのではないでしょうか。手術を何度受けても、皮膚が元通りになることなど、ありえないのですから。

医療関係者に通告しますが、重度の熱傷患者を救命するのは本人の自己決定権を無視していることになります。誰も全身にケロイドを残して生きていきたいとは思わないでしょう。命よりも本人の自己決定権の方が大事だと思います。何でもかんでも命だけがあればいいというものではない。救命率に価値を置くことはやめて頂きたい。本人は救命を望んでいないのです。どうしても、救命が強制されてしまうのであればその後の安楽死の権利も認める。これなら、誰からも文句は出ないでしょう。私が子供の頃、20回以上の手術を拒否出来なかったのは親と医師に逆らえなかったからです。今なら絶対にやらないと思います。人間、何のために生きるのか?

 その答えを探究し、宗教、東洋思想に精通してきました。そして、今月、曹洞宗で出家得度します。太ももは両足ともケロイドがあり、引きつりますが座禅が組めないわけではありません。20代から、いろいろと取り組んできましたので。残りの人生は修行に費やしたい。父も二年前に亡くなり、実家も相続放棄したので、お寺に入る決心がつきました。修行しながら、熱傷体験者の問題を見つめていきたいと思います。色々な選択があって、許されてしかるべきです。また、それは自分自身の問題でもあります。